東日本大震災復興献灯ライブのご報告(続き)

3月11日に久米川駅南口で行った「東日本大震災復興献灯ライブ」では、

多くの方が献灯や募金をしていただき、ありがとうございました。

集まった募金金額(66,118円)は、さわやか福祉財団と相談し、推薦された浦戸桂島復興連絡協議会(松島)にお送りしたと、主催団体の「たまネット」より報告がありました。皆様ご協力ありがとうございました。

「たまネット」よりお礼のメッセージを受け取りましたので、転載させていただきます。


「さわやか福祉財団と相談して推薦を受けた『浦戸桂島復興連絡協議会』」からのお礼のメッセージ

この度は、新型コロナウイルス等の大変なところ、
東日本大震災の献灯キャンドルイベントをご開催いただき、
心より感謝申し上げます。
また、当日お集まりいただきました
皆様の大変心温まるお志を頂戴し、
重ねて、心より伏して、御礼申し上げます。
誠にありがとうございました。

2011年以降も、日本は数々の天災に見舞われ、
今、「被災地」と言っても、
どこをさすのかすぐにはわからない状況になっています。

福島をはじめに、まだまだ復興は道半ばでありながら、
東北以外では、東日本大震災は、
多くの人の記憶から消えつつあると感じることも多々あります。

浦戸桂島は、かさ上げがやっと終わり、
道路の原型は整備されましたが、舗装はまだされていません。
美しい海浜の施設として、
震災前に整備されていたトイレ、シャワー等は、

まだ復旧しておらず、
仮設のままです。
オリンピック優先の公共工事のため
(東京の方が単価が高いので、結果としても、事業者はそちらを選びます)、
復興事業には、事業者から、応札がない状況も続きました。
島の区長さんらが、事業者さんを接待し、
何とか応札して欲しいとお願いし、
「そうは言っても私たちも苦しい経営ですので・・」とやり取りするような、
本当にあり得ない状況も、現地では起こっていました。
次年度末(2021年3月31日)に終了していない工事は、
復興予算では支出できなくなる節目の年度を迎えるというにもかかわらず、
島の災害危険区域の整備は、まだ計画も完全ではない状況です。
復興以前に、復旧すら、9年経っても、まだまだ終わっていません。
震災後、島を離れる方も徐々に増えています。
仕方のないこととは言え、
震災後数年は訪れてくださっていたボランティアの皆さんも、
現在は、すっかり減ってしまいました。

私は、支援者の1人と数えられるかも知れませんが、
「支援者」などとは現地では口が裂けても言えないほど、
何一つご支援ができていない力不足に、
学生共々本当に悔しい思いをしております。
私たちがやっていることは、
10年目も島に、何とか関与させていただき、
島の皆様に、本当に学ばせて頂いているだけの取組です。

貴会のように、9年たった今も、
東日本大震災の記憶を風化させないよう、
このようなイベントを東京で開催していただけることだけでも、
感謝の気持ちで一杯ですが、
この度は、皆様からご寄付まで賜り、
感謝しても、したりないという気持ちで一杯でございます。
区長、副区長始め、
このことに、いかに勇気づけられているかということを、
是非とも、お伝えしたく存じます。
貴会のみなさまの継続したお取り組みには、
心より敬意を表させて頂きたく存じます。

今の、心からの感謝の気持ちを、うまくお伝えできず、
お恥ずかしい限りです。誠に申し訳ございません。
貴会、及び、ご関係の皆様にも
くれぐれもよろしくお伝え頂けましたら幸いです。

この度は、誠にありがとうございました。

浦戸桂島復興連絡協議会
事務局長 福島真司
(一部省略)
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